「折れたクレヨン 私の身障歳時記」
| ★ 書名 「折れたクレヨン 私の身障歳時記」 (花田春兆著、ぶどう社、1979年) ★ 書評 (中島) 花田春兆氏は1925年、大阪生まれ。本名政国。脳性マヒ。小学生時代から大学 教授の家庭教師がつくほどの家庭に育つ。昭和9年市立光明学校入学。やがて俳句 を始める。昭和22年「しののめ」誌創刊。この雑誌からはのちに「青い芝の会」なども 巣立つことになる。句誌「万緑」同人。俳人協会会員。俳句のかたわら「国際障害者年」 の推進などに活躍し、押しも押されもせぬ日本の障害者運動の重鎮として有名である。 昭和38年「俳人協会全国大会賞」受賞。現在、城西国際大学(千葉)講師をつとめ 「障害者の分化史」が専門。ユニークな授業で学生たちからも愛されているようである。 一貫して、歴史の中の無辜の民としての障害者たち、その芸能や文学に果たした役 割を顕彰し再検討することをライフワークとしている。私の評論「障害者の文学」に対し てもいちはやくご指摘などをいただいた。 句集に「端午」「天日無冠」など。伝記小説に「鬼気の人ー俳人富田木歩の生涯」 「心耳の譜ー俳人村上鬼城の作品と生涯」「幽鬼の精ー上田秋成の作品と生涯」「殿上 の杖ー明石検校の生涯」(いずれも、こずえ刊)などがある。その他「脳性マヒの本」、 「日本の障害者 その分化史的側面」(中央法規出版)、「福祉・複眼・福の神」(学苑 社)など研究書(分担執筆も含む)も多い。「脳性マヒの本」(柏樹社)などはこれ一冊読 めば脳性マヒのことがおおかたわかるガイドブックとして重宝である。 松井和子氏の「頸髄損傷」(医学書院)のようなものである。 また月刊「リハビリテーション」誌のスタッフとして、冒頭のコラムで障害者の文学作 品の紹介もつづけているが、やや脳性マヒ者と光明学校関係者にかたよっているきら いがある。もう少し幅広く小説や他グループの動向にも目を配っていただきたい。 最近は長瀬修氏や石川准氏らとともに「障害学」の立場から、文学・芸能部門につ いての発言も多い。妻裕子と一男一女に恵まれる。 この本は「身障歳時記」という副題がつくとおり、作者の生い立ちのさまざまなエピソ ードを散りばめ、それに関する俳句を付し、自ら解説している句文集である。まさしく自 らの境涯と重ね合わせるようにして詠まれている。いわゆる「境涯俳句」と呼ばれる世 界である。純粋な自然の写生俳句からみると、想いがこめられすぎていて重苦しいと 受け取られることもあるだろう。そこがひとつの限界ともなっている。それは大家の村上 鬼城(聴覚障害)などにも言えることである。しかし中には絶唱もあって、作者のやむに やまれぬ心の叫びというものはいかんともしがたい。 たとえば「どこまで汀(みぎわ)寄居虫(やどかり)歩き疲れたり」には、独立できない 障害者の生家の重苦しさが詠まれているし、「邪教にも通ひき汗の指圧にも」などは、 息子の障害を直したい一心の母親に連れられて新興宗教やいかがわしいマッサージ 療法の門をくぐった苦い経験が詠まれている。たいていの障害者に思い当たりのある ところだろう。しかし氏はそこから常に一定の距離をとろうとしているように見える。 そこが、氏の多くの関係者から幅広く支持される理由でもあろう。 ★引用 「就学猶予クレヨンポキポキ折りて泣きし」 「春立つや身に副うは春兆の号ひとつ」 「もの書きても七人の敵春迅風」 「歩行器に油さす母春の虹」 「花翳れば責道具めく訓練具」 「透明の杖欲しかげろふ中歩まむ」 「どこまで汀寄居虫歩き疲れたり」 「緑蔭無音少女らひらひら交す手話」 「マヒ真似て片蔭どこまで蹤き来る子」 「邪教にも通ひき汗の指圧にも」 「君の眼を恋ふや蜻蛉の眼の中に」 「君が呉るる葡萄一粒ずつに君」 「あてどなき読書遍歴雁渡る」 「不具よりも無収が苛責ちろろ虫」 「雲雀冲天不具なるも俯向くこと欲せず」(折れたクレヨン) 「実る秋新しき風吹きおこれ」(その他から ) |